みっちゃん(ADHD)公開日記帳

ADHD社会人。日々悩んだり、迷ったり。紆余曲折しながら、発達障害と共に、仕事も私生活もより良く生きたい。

「健康祈願なんて、つまらない」


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年始の参拝のお願い事や、七夕の願い事。

幼少期、何をお願いしたのか大人に尋ねると

「家族の健康」という答えが帰ってきた。

 

非の打ち所の無い、100点の答えだ。

そして、つまらない。面白味がない。

 

もっと派手な事願えば良いのに~

そう思ったこと、あなたはある?

私は何度もある。

 

 

 

ありきたりな答えはなんかイヤで、

かと言って顔も知らぬ神様にあれもこれもと

お願いしまくるのも何となくイヤで、

お願い事ではなく「これを頑張る」

という決意を伝えていた時期もある

中二病かな)

 

「今ある幸せが続きますように」

そんなお願い事をしていた時期もある

(メンヘラかな)

 

 

 

人生は山あり、谷あり。

30年ぽっちも生きていない訳で

偉そうに語れる立場でもないけれど

 

努力だけで手に入らない物がある現実も、

運だけでガラッと風向きが変わる分岐点も

確かにこの世には存在する。

そんな事ぐらいは分かるようになってきた。

 

 

そしてどんな幸せも、生活も、

自分と周りの健康なくしては手に入らない。

 

健康って簡単なようで実は維持管理が難しい。

お金、環境、メンタル、仕事、食、運、努力、

全部の要素がバランス良く必要で。

努力ばかりしてても運が悪ければ癌になるし、

生まれ持った健康体でも管理できなければ

二型糖尿病になる。

 

実は、質素なようで、つまらないようで

一番気高くて最高級のお願い事なのかもしれない。

 

自分どころか、家族のそれまで

願っちゃう訳だからね。

 

今となってはそれが

とりあえずでも何でもなく、当時の大人の

心からの願いであった事が何となく分かる。

自分も、年とったのかなあ~。

 

 

大人になると、まっさらに人を頼ったり

何かを頼むことが難しくなる。

 

周りの誰の顔色も伺わず、

ただまっさらに自らに問いかけて

今感じる、最大級の願いを想う。

儚げで少し贅沢な大人の遊びかもしれない。

 

 

 

そんな事を考えながら、

財布から適当な小銭を取り出し

賽銭箱に投げ入れる。

 

両手をあわせて、

家族と自分の健康を祈る。

今年も良い年になりますように。

 


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